観光中、景色も見ずにメールを打つ、一人旅の女性
「ピッピッピ…」携帯電話でメールを打つときのボタン音が聞こえる。家族で芦ノ湖の風景を楽しんでいたボーダフォン(当時J‐フォン)、元シニアプログラムマネージャーの高尾慶二が振り返ると、そこには一人旅らしい中年女性の姿があった。景色を見ずに一生懸命メールを打つ姿は、高尾の記憶の隅にずっとひっかかっていた。平成11(1999)年のゴールデンウイークのことだった。
若い女性のバッグの中身、新・三種の神器とは
その頃、若者のトレンドを追い掛けるテレビの深夜番組では、女子高生や女子大生、OLのバッグの中身を公開するというコーナーが人気を博していた。彼女たちが必ずバッグに入れているものは、携帯電話、ヘッドホンステレオ、そして使い捨てカメラだった。彼女たちは誰かと一緒に写真を撮ることで、そのときの気持ちの共有を記念にとっておくのだ。また街角にはプリクラの機械が溢れ、ノートやフォルダーに数を競うように集めることも流行していた。
(右写真)営業からの要望でカメラなしのタイプも作られたが、こちらは販売台数が伸びなかった
携帯にプラスする機能は音楽か、写真か
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| 元ボーダフォン シニアプログラムマネージャーの高尾慶二。プログラムマネジメント3Gターミナルズ グローバルプロダクトアンドコンテンツサービセス |
平成12(2000)年春、携帯電話各社はその年の秋冬モデルの開発に入っていた。携帯電話自体普及率が高まり、新規契約者が増えることはそれほど望めなくなっている。メール機能も一般化してきた。新しい機能をプラスしてより利用者をひきつける携帯電話を開発する時期に来ている。
どんな機能をプラスするかは、若い女性の新・三種の神器を組み合わせるというところまでは順調に決定。しかし、ヘッドホンステレオとカメラ両方を組み込むことはできない。ライバル会社のDoCoMoとauは音楽機能を取った。しかし、高尾の頭からは、あの芦ノ湖で見た女性の姿が離れなかった。
あの一人旅の女性は、自分が風景を見て感じた感動を誰かに伝えたかったのではないだろうか。自分たちのように複数で旅行していれば「きれいだね」「ほら、あれを見て」というように感動を共有できる。人は誰かと思いを分け合うことでその思いをより深めることができる。しかし、時間がたつと感動は薄れてしまうし、イメージも変わってきてしまう。彼女も誰かとこの瞬間に分け合いたくて、でも通話では周囲の人に迷惑だろうとメールを打っていたのかもしれない。
ただ、メールの弱点は、イントネーションや雰囲気が伝わりにくいことだ。文字だけにすると、表現がむずかしいし、場合によっては誤解を招きかねない。写真だったら風景やその場の状況をそのまま記録できるが、写真をプリントし、相手に会って見せるまでにはやはり時間がたってしまう。
もし、携帯電話で写真を撮って、それをメールで送ることができたら、これらの問題はすべて解決し、新しいコミュニケーションのツールとなるのではないだろうか。
カメラ付き携帯電話の4つのこだわり
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| 平成14(2002)年3月からは、動画を撮影、送信できる「ムービー写メール」も始まった |
携帯電話にカメラを搭載するという発想をメーカーに打診したところ、偶然シャープも同じ発想を提案するつもりであった。ここから共同で開発が始まる。事業者とメーカーが対等にコラボレートして新しいものに挑戦したのである。
とくにこだわったのは4点。まず、携帯電話の形を崩さないこと。しかし、カメラの機能は内蔵にすること。アタッチメント式にすると撮りたいときにすぐ撮ることができない。そして、自分自身を撮れるようにすること。プリクラは自分と誰かが一緒に写ることでブレイクした。最後に、撮影時にシャッター音を鳴らすこと。これらは「いつでも、どこでも、すぐ簡単に」撮れること、そして自分を写すことで気持ちを表現できること、を実現するために必須だった。
メーカーであるシャープが最も苦労したのは、すでに極限まで小型化された携帯電話のサイズを変えることなく、その中にカメラを収めなければならないという点だ。カメラ自体はもちろん、周辺の部品も小型化や集積化を図って、なんとか従来の携帯電話とサイズ、重量ともに変わらないカメラ内蔵携帯を作り上げた。また、当時のカメラや液晶の品質では、人物の肌色をきれいに現すことができなかった。人物をきれいに撮れなければこの企画は成功しない。画像を写すカメラ、それを表示する液晶、画像の「入口」と「出口」ともいうべき2つの部品をそれぞれ独立した部品事業としてもっていたシャープが、それらをマッチングさせ、共同で部品開発に努めたからこそ、究極の小型ながら、撮ってすぐ見られる携帯電話が完成したのだ。
また、意外とてこずったのが、「自分撮り」だった。一人で撮影役と被写体役をするのだから、自分の顔がフレームに収まっているかどうか確認できない。どうすれば解決できるか…。悩んでいるときに目に入ったのが道路のカーブミラーだった。鏡には自分の顔が映る。しかも凹面にすればカメラと顔が近くても全部収まる。ハイテクの携帯電話に昔ながらの鏡を取り付ける。完成品を見るとごく当然のように感じるが、発想した段階では目から鱗……だった。そしてこれがカメラ付き携帯ヒットの要因のひとつともなるのだ。
当初、社内ではカメラ付きに反対意見が多かった
開発側は自信をもって進めていたカメラ付き携帯電話だが、社内では危ぶむ声が多かった。「なぜ、他社と同じように音楽機能をつけないのか?」「音楽機能のほうが、老若男女問わず需要が多いのではないか」等々。しかもカメラを内蔵すると、製造単価が数千円高くなってしまう。技術担当役員の後押しと、年間約20機種もの新機種を出す、その1種として「とりあえず」実現された。
それでも営業サイドからは「同型でカメラの付かないものも作らなければ営業できない」と言われ、急いでカメラ機能を取りレンズがあるはずの部分をふさいだ型も作られた。
今やカメラのない携帯電話を見つけるのは難しい
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| J-SH04では11万画素だった画像も、平成16年発売のV602SHでは、なんと202万画素に。文字どおりデジカメ並みだ |
しかし、その後カメラ付き携帯がどれだけヒットしたかはいうまでもない。画質も格段に向上。動画も撮影、メール添付できる。また、文字やバーコードも読み取るという、「電子の眼」の機能もできた。ほんの2〜3年での進化だ。カメラ機能だけではなく、パソコンのようにも、サイフ代わりにも使え、小さな1台でなんでも可能になってきた携帯電話。しかし、高尾は「あくまでも人と人とのコミュニケーションのツール。人間は一人では生きていけないから、それをつなぐためのもの」だと言う。使う側だけではなく、作る側の思いも込められているのだと。
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